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管理日記

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2009-01-18

アカデミー騎士団編の何が問題だったのか

| 16:08


おがきちか先生のブログに、アカデミー騎士団編はかなり急いで終わらせたとありました。また、先生としては、もっと描いていたかったようです。


アカデミー騎士団編はもちろん面白かったです。しかし私は、早めに終わらせて正解だったとも思います。

なぜか。

主人公不在のエピソードが長期化すると、物語が不可逆的な影響を被ってしまうからです。端的に言うと、DXが主人公に戻れなくなるかもしれないのです。



13巻は、完全にイオンが主人公でした。

DXが不在だったので当然といえば当然なんですけれども、巻末の方でDXが登場してきてもしばらくの間はイオンが主人公っぽいと感じました。(具体的には、act69の途中、p.182の「おわりましたー」のコマまでは、イオンが主人公のときが続いていたかなと。)

このままDXが帰ってこなくても、イオンが主人公でLandreaallは無事に続いていくのだなあ……と思わせるくらいの勢いでした。「主人公不在」どころじゃなくて、「主人公交代」のエピソードになりかねません。


先生は、アカデミー騎士団編が、読者のニーズからズレている(かもしれない)ことや、商業的な価値がない(かもしれない)ことを心配されていました。

それは杞憂でしょう。

そうではなくて、むしろ、アカデミー騎士団編が面白かったために、「イオンが主役のLandreaallが見てみたい」という読者のニーズを生み出してしまったことが問題なのではないでしょうか。

物語が、DXが主人公のランドリと、イオンが主役のランドリに分裂してしまう。読者のニーズも、DXが主役のランドリを望む人と、イオンが主役のランドリを望む人に分裂してしまう。そういう危険があると思います。

アカデミー騎士団編が面白ければ面白いほど、長ければ長いほど、分裂の危険が大きくなるでしょう。



また、DXがいなくても“インフレ”が進行する、という問題があります。

バトル漫画では「強さのインフレ」が起こるとよくいわれます。要するに、新しく登場する敵キャラクターは前の敵よりも必ず強くて、強さが上昇していく方になる、という現象です。新しい敵が以前の敵よりも弱いとなるとバトルが面白くないでしょうから、仕方ないですね。

ランドリはバトル漫画ではないので強さのインフレはありません*1。ですが、強さとは別のところでインフレが起こっていると私は思います。


まずは「成長のインフレ」。

Landreaallのメインキャラクターたちは、それまで知らなかったことを知り、それまで経験しなかったことを経験し、成長し続けています。

DX3巻ですでに武勇伝と呼ぶにふさわしいことを成し遂げましたが、4巻以降もアカデミーに入って大きく成長しました。このことの詳細についてはランドリ読者の方には説明するまでもないでしょう。

バトル漫画で「以前よりももっと強い敵」が常に求められるのと同じで、ランドリでは「それまで知らなかったこと」「それまで経験しなかったこと」が常に求められます。このためランドリでは「成長のインフレ」が起こります。


次に「集団のインフレ」。

はじめのころ、主人公は身内しかいない集団で活動していました。アカデミーに入ってからは、親しいクラスメイトを含む集団で活動することになります。身内しかいなかったところに他人が入るようになり、人数も増えました。

そして、アカデミー騎士団編では、主人公はアカデミーにいる全員を巻き込んだ集団で活動するようになりました。

このように、物語を通して、主人公が関わる集団がどんどんスケールアップしています*2


アカデミー騎士団編において、イオン達は集団を組織して闘うということを経験し成長してしまいました。しかしDXは、いまだ少人数の戦闘しか経験していません。

DXがはじめての集団戦闘を経験し成長することを描写するのは難しくなったわけです。普通にやっただけでは、アカデミー騎士団が結成されたときのあの高揚感には及ばないからです。バトル漫画において、以前よりも弱い敵と闘うようなものです。かといってDXの成長を描写しないとなると、DXははじめから組織戦ができる人だったということになり、不自然になります。


バトル漫画では、主人公は常に闘いの最前線にいるので、敵の「強さのインフレ」と同時に主人公の「強さのインフレ」も進行し、バランスがとれます。しかし、闘いの最前線から退いたキャラクターには「強さのインフレ」が起こらないので、置いていかれることになります。

アカデミー騎士団編において、物語の「成長のインフレ」と「集団のインフレ」が進行してしまいました。そこに立ち会わなかったDXは、インフレに追いついていかなければならない立場にいるといえます。

アカデミー騎士団編が面白ければ面白いほど、長ければ長いほど、DXが追いつくのは困難になるでしょう。



まとめますと、「主人公不在のエピソードは物語にとってリスクである」、ということです。

今後イオンを主人公にすると決まってない限りは、アカデミー騎士団編は早めに終わらせるのが正解だったと思います。

アカデミー騎士団編が長引くと、DXが主人公に戻れなくなるかもしれません。無理に主人公に戻そうとして作品がつまらなくなるかもしれません。まあ、それを言い出したら、あっさりとDXが主人公に復帰できるかもしれないわけですが。

歴史にifはない、と同じで、Landreaallの展開にもifはないのですね。



オマケ

ランドリ以外の作品を例にとってみましょう。


「天上天下」では、長い“過去編”がありました。もともとすぐに終わらせるつもりだったみたいですが、実際には単行本3冊以上を費やす長大なものになっていました。きっと作者もノリノリだったのでしょう。

この過去編はすごく面白かったのですが、「主人公不在のエピソード」だったために、その後の展開に大きな影響が出たように思います。主人公を元に戻すことが難航していましたし。過去編で死人がでるところまでいった(インフレの進行)ので、その後は人が死ぬことが当たり前になり、残虐描写がエスカレートしました。

「ベルセルク」と「グラップラー刃牙」も長大な過去編がありましたが、それは主人公の過去を描いたものでした。主人公が切り替わりはしなかったので、スムーズに進んだと思います。


「うしおととら」では、潮を時逆によって時間移動させたり、シャガクシャに乗り移らせたりすることによって、主人公が立ち会うようにしていました。「主人公不在のエピソード」にならないように工夫していたといえます。

*1:たぶん……

*2:それはやがて国家に至ることでしょう。

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